就園活動

時期が来れば就学通知書が市町村から送られてきます。
でも、就園活動、就学活動と見た字の通りなんですが、活動をしないと進む先が決まらないってことがあるのです。
これは、仕組みの問題です。その仕事に関わっているかたの善意だけで、問題が解決しないと思っています。

我が家の体験(就園まで)を書かせていただきますね。

私は結婚を機に長久手に移り住み、長男を出産しました。
3歳違いで次の子を授かり、助産院の普通分娩で長女を出産しました。
長女は少し小さめでしたが一か月の検診では体重も増え、すくすくと育っていました。
ところが生後2か月のころ長女が体調を崩し、検査の結果、開腹手術を行いました。
手術は成功しましたが、熱が出るたび入院をしなければならなかったので3歳までの半分の期間は病院が生活の場でした。

徐々に家庭で過ごせる時間も増え、そこで紹介されたのが、『すぎのこ教室』です。
すぎのこ教室は、障害児通園施設といわれるもので、長久手町では検診など問題が見つかった場合に幼稚園・保育園にあがるまでの期間、親子でお弁当を持って通園し、日常生活の訓練・機能回復訓練・集団生活への適応訓練をします。

面談の後、すぎのこ教室に入ると、娘にはお友だちができ、私にも娘のママ友ができました。先生が楽しかったこと、困っていること、挑戦させていることなどを聞いてくださるので、話すことで頭の中もシャンとリズムのある生活ができるようになりました。

訓練というと、どんなハードな事かと思いますが、ピアノに合わせ季節の童謡を歌ったり、『咲いた咲いた』の手遊び、『お馬の親子』で子どもと体を動かす、七夕飾りを工作する、先生の紙芝居を観るなど幼稚園へ親子で通っているようなプログラムが多かったです。

お弁当の時間にはそれぞれの子どもの発達に合わせストローを使うこと、コップで飲むこと、スプーンを使うこと、お箸を使うこと、ばっかり食いをしないこと、そしてお弁当の色どりがさびしいと、先生が「緑のものを入れたほうが良いわよ、私だったら枝豆を入れるわ」などのアドバイスもしていただきました。

靴の履き方、下駄箱の使い方、トイレのトレーニングなど集団生活に入って必要なルールについても親子で学べる事が成長の手助けになりました。

春から夏になり、幼稚園選びの時期が来て(長久手では3年保育で幼稚園・保育園へ就園させるかたが多い)、娘もどこかの幼稚園へ行かせたいと思い、町内・近隣の幼稚園へ数件問い合わせをしましたが、受け入れていただくことは難しかったです。

問題となった娘(3歳)の状態は次のことです。
● 昼食時に服薬が必要であるが、まだ本人だけでは飲むことができない。
● もとの病気の副作用で食道に静脈瘤があるため吐血の危険がある。
● 語彙が少なく、コミュニケーションに不安がある。
● アレルギーがある。

秋になり、保育園の入園申し込をしました。
ところが、面接日の前に高熱を出し入院することになって面接日を別日にというと、退院日の午後が面接日になりました。
面接では、できること、できないことなど親からの聞き取りと、娘にはパズルのようなもので出来るかを見ているようでした。
面談の最後、娘だけが先生と移動しテストを受けていましたが、まだ吐血しているときに「気持ち悪い」が言えないのが心配になり、その年の入園を諦めました。

翌年も同様に、町内・近隣の幼稚園は断られてしまいました。
そしてまた秋。一年で娘は丈夫になり入院の回数も減ったこと、3歳の時に比べてコミュニケーション力がつき自分の状態(痛い、気持ち悪いなど)を話せるようになったことから、保育園に再度申し込みをしました。
今度は、一般の面接と別枠でした。
吐血の危険があることから、障害児のため職員の加配をしている北保育園か上郷保育園のどちらかを選ぶように言われました。

本心としては西保育園が第一希望でした。
希望の理由は、西保育園が学区内唯一の保育園だからです。
長男は西保育園から西小学校へ進学したのですが、西保育園出身者は人数の割合が一番多く、お友だちのお父さんお母さんの顔がわかることで私も甘えることができました。人より手助けが必要な娘にこそ味方になってくれるお友だちを保育園時代に作れる機会持ちたいと思っていたので残念でした。

でも、入れるのならばと北保育園に希望を出しました。
面接は、町内全園の園長先生たちも勢ぞろいで、1年前に比べて何か起きた時の対処についてたくさん聞かれ、一つずつ園にお願いすることと保護者ができることを詰めていける有意義な時間でした。

年が明けて、入園決定の通知が届きました、3月末にはすぎのこ教室で卒園式をしていただきました。

4月北保育園(年中クラス)に入園